ジュゴンの家・日誌
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月1000円、年10.000円

沖縄タイムス http//www.okinawatimes.co.jp/
琉球新報  http//www.ryukyushimpo.co.jp/

同基金への協力は 
●琉球銀行 普通口座 名護支店
 口 座 番 号   23−130
 口 座 名  西 陽子 まで
●郵便局 17040−14225611
西 陽子
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7月@

  緊急カンパのお願い!!
現在、辺野古ではボーリング調査を阻止するための泊り込みの監視が行なわれています。この行動に必要となるお金(食事代等)のカンパをお願いしたいと思います。皆さん応援をよろしくお願いします!!
カンパを振り込まれる際は、必ず「座り込みカンパ」と明記し、下記の口座にお願いします。(このカンパのお願いは「ジュゴンの家」が、「命を守る会」を応援する気持ちで独自でやっています。振り込まれたお金は、辺野古でのボーリング調査阻止行動のために使われます。)
●郵便局 17040−14225611
西 陽子

名護新基地建設絶対反対!   ボーリング調査絶対阻止!
 
座り込み支援カンパ!!
         
よろしくおねがいします!


那覇防衛施設局が出した環境アセス方法書・
「市民アセスなご」が 出した市民からの方法書が読めます!!
(意見書の提出は16日に締め切られました)
「市民アセスなご」のホームページはこちら↓↓

http://www.nagoshimin.com/index.html

7月12日(月)

糸数けいこさん
316,148票獲得で
参議院議員選挙当選!!!!
やったね!!!
新基地建設阻止・座り込み85日目
浅見さんまたまた登場!!以前来た時に撮った写真をみんなで見ました 悦美さんが来ましたーー!!
拍手で「お帰りなさい!!」と迎える
たくさんの写真。浜集会、辺野古ハーリー、座り込み・・・味わい深い写真の数々。
祝!!!糸数けいこさん当選!!!!みんな晴れやかな顔をしていました!!
アキちゃんと晋くん
←テレビ局にインタビューを受ける
カンキチさん。
那覇で一人で看板を持って立ち、辺野古の基地建設計画、座り込みのことを訴えているカンキチさん
参議院選挙における糸数慶子勝利を祝し ボーリング調査の白紙撤回を求める声明
 参院選挙沖縄地方区の全野党統一候補である糸数慶子さんの圧勝は、大多数の県民が普天間基地の辺野古移設を“ノー”と意思表示したのである。私たちが要求するボーリング調査の白紙撤回に向けて、大きな励みとなる選挙結果である。

 今日は那覇防衛施設局が4月19日明け方に強行しようとしたボーリング調査を実力阻止してから85日目である。命を守る会のお年寄り達は心労を重ねながら、白紙撤回に向け奮闘している。

 ヘリ基地反対協は普天間基地の辺野古沖移設問題で、名護市や那覇防衛施設局に対して公開の住民説明会を市内で開催するよう再三要請してきた。しかし、名護市や那覇防衛施設局は私たちの要請を無視し、区長や行政委員などの限られた市民のみで、かつ、マスコミも排除した非公開の説明会を開催している。情報公開の流れに逆らい、限定・非公開の非民主的な住民説明会である。

 今回のボーリング調査に関しても、施設局は事業者としての責務である住民説明会を行わず、ボーリング調査を強引に実施しようとした。「住民は国策に口を出すな」との強権発動である。しかも、沖縄県が意見聴取した専門家の多数がボーリング調査に反対や疑問の意見であったにもかかわらず、問答無用の暴挙を行おうとした。

 また、施設局は環境アセス法の専門家から「欠陥だらけの設計図」と酷評される方法書の広告縦覧を行った。「環境アワセメント」という時代錯誤的な手法で、自然環境の保護よりも日米安保優先の政策を沖縄に押しつけているのである。そして、振興策という飴を市民にちらつかせ、市民同士の対立を煽るなど、沖縄差別も平然と行っている。

 1996年の橋本−モンデール会談で、普天間基地について5年から7年の間に返還することを合意した。県内移設を柱とする日米政府はこの合意事項を履行できず、危険な普天間基地は閉鎖せず、不当占拠し続けているのである。

 辺野古沖のリーフは、沖縄本島でも残り少ない貴重な造礁サンゴで構成されている。しかも、このリーフに囲まれたイノーは絶滅危惧種ジュゴンの餌であるアマ藻類が豊富にあり、ジュゴンのダイニングルームとなっている。県の自然環境の保全に関する指針により自然環境の厳正な保護区域として“評価ランク1”に指定され、埋め立てしてはいけない海域なのである。

 沖縄で開催された国際サンゴ礁シンポジウムにおいて、開発・埋め立てにより生存の危機にさらされている世界のサンゴ礁を保全する宣言が採択された。21世紀は紛れもなく「自然環境を保全する世紀」である。日本政府は国際サンゴ礁シンポジウムに参加した研究者や学者から批判された辺野古沖移設を撤回し、ボーリング調査も断念すべきである。
 私たちは日本政府に提言する。大浦湾から辺野古沖一帯をサンゴ礁の保護区、ジュゴンの保護区として世界に宣言することが、国際サンゴ礁シンポジウムのホスト国としてふさわしい役割である。辺野古沖移設が現実的、ベターな方法ではないことを肝に銘ずるべきである。今回の糸数慶子さんの圧勝はそのことを物語っている。

 ヘリ基地反対協は、那覇防衛施設局が想定する環境評価の小手先の環境影響評価の住民説明会に応じるつもりはない。辺野古漁港前の座り込み現場で住民説明会を再三要請したにもかかわらず、無視し続けてきたのは那覇防衛施設局である。私たちはボーリング調査の白紙撤回を求めるだけである。

2004年7月12日

                                                    ヘリ基地反対協議会
「二見以北十区の会」からの行動のよびかけ

ジュゴンの海をこわす海底ボーリングやめて!!
「応用地質(株)」への要請FAX・メールにご協力お願いします。

・那覇防衛施設局は、応用地質(株)他、合計3社に会場基地建設のための海底ボーリング調査業務を委託しています。委託総額約7億8千万円、うち応用地質(株)の受注額が5億4千万円。
海底ボーリング調査業務の大部分を応用地質(株)が請け負っています。

・「応用地質(株)」(http://www.oyo.co.jp)地質調査最大手(資本金161億)で東証1部上場の大企業です。
その企業行動指針には、

【地球環境の保全】
私たちは、事業活動によって生ずる環境負荷の低減に努めるとともに、環境分野における技術力を駆使し、自然環境の保全に貢献します。
【社会への貢献】
私たちは、地域社会との連携と協調を図り、良好な関係を維持することにより、豊かな生活環境作りを目指します。

とあります。
そうであるなら会社の理念にもあわない、辺野古沖のボーリング調査は、絶対に中止すべきです!!

「美しい海をこわす海底ボーリング調査をやめて下さい」
「住民も反対している海底ボーリング調査をやめて下さい」
などのFAXやメールを応用地質(株)に送付しましょう。

(送付先)

応用地質(株)本社社長室広報部
E−mail:
prosight@oyonet.oyo.co.jp
TEL:03−3234−0811
FAX:03−3263−6854


応用地質(株)沖縄営業所
TEL:098−855−3515
FAX:098−855−3530

中止要請FAX・メールをする際のお願い
命令口調(やめろ!!手をひけ!など)は絶対使わないこと
・地元、沖縄の人間として、また沖縄の自然を守りたい人間としての切実な思いを紳士的に、ていねいな口調で書いて下さい


郵送なら・・・・
住所
〒102−0073
東京都千代田区九段北4丁目2番6号
応用地質株式会社 まで

晋くん日誌
7月11日(日)
・防衛施設局は来ませんでした。

今日は選挙投票日。糸数慶子さんと翁長政俊さんの決戦の日です。2人の候補者の意見は真っ二つ。糸数さんは「基地建設反対」、翁長さんは「基地建設推進」です。糸数さんが当選すれば辺野古の状況は直結して大きな歯止めとなります。

前日から「糸数リード」ということが言われていましたが、どうなのかなと思っていました。夕方にも「出口調査でも糸数が有利」と出ました。
午後8時、辺野古のおばぁから「当確が出たよーー!!」と歓声の声。えっ!投票が8時までだのになんでー。と思いテレビをつける。うーーん当確は出てないなぁと思っていたら「当選確実」が出て歓声の嵐。守る会の電話はじゃんじゃん鳴ります。
「午後7時頃に投票したから、わったーの票は意味があったのかと思うさ。」
とうれしい悲鳴も。
「よかったねーー。よかった。」と次々と電話が鳴りました。
命を守る会のおばぁ達も「バンジャァーイ!!バンジャァーイ!!」とうるさいぐらい叫ぶ。伊波宜野湾市長に続く勝利でした。
さらに驚くことに翁長候補の地元の石垣島以外は全島、全離島で圧倒的に糸数が勝利して票差は9万5千票まで開きました。
さらにさらに、金武町そして名護でも勝利しました。どちらも保守の圧倒的な地盤といわれ続けていたところです。

名護では13000対11000となんと2000票も差が開きました。
金武で勝ったのは金武町の都市型訓練施設への住民の怒りと行動があったから。名護で勝ったのは基地建設を阻止する80日間以上の座り込みがあったから。全ての状況を覆してしまった、これは現実です。住民投票の時の状況が生まれつつあります。
こういう行動が確実に人々の意識と信頼に繋がっていることは誇らしくもあります。
あーーーほんとうによかったぁぁ。基地建設を止めるためこれからも継続していきましょう。

7月12日(月)
・防衛施設局は来ませんでした。

糸数慶子さんの勝利をうけて、今日の辺野古は緊張感の中にも少しだけ安堵感があり、座り込み参加者は晴れ晴れとした表情で座っていました。
誰もがこの座り込み行動が大きな繋がりを作り出し、それがどれだけ意義深いことか理解しているようでした。
誇らしい笑顔の中にこれからの希望と不安が入り混じっているようです。
金城祐治さんは「勝ったからうれしい。けれどこれで終わりではなくて、始まりだ。
これからも厳しい闘いは続く。厳しいが続けていかなければならない。」と話していました。
祐治さんに少しでも休んでいただきたい。気の休まる日を早く作り出さなければなりません。

選挙日までずっと「7月11日は選挙に行こう」の旗と共に空にあがっていたジュゴンバルーンは今日でその役目を終えたので空気を抜いて休みました。お疲れ様。

選挙結果で明らかになったように沖縄は基地建設、基地を拒否しています。それでも沖縄に,辺野古に基地を造ろうとするならそれは沖縄の人達の全てを敵に廻すということです。
「望まれないところに基地を置いておきたくはない」と米政府が言うなら、今すぐ全てを撤去するべきです。
アキちゃん日誌
7月12日(月)民は物言った

勝利の余韻が漂う辺野古は、おだやかな一日だった。
ある程度の緊張感を保ちつつも、
「おめでとう!」と声をかけ合い、握手をして、みんなにこにこ。
辺野古にとっては、本当にうれしい勝利。
普天間基地の返還問題が大きな争点だった今回の選挙で、
30万人の県民が、糸数さんを支持したという結果は大きい。
この結果を受けて、辺野古の状況が劇的に変わるとは思えないが、
この結果をもって、政府、世論に基地建設の白紙撤回を訴えていく
意義はとても大きいと思う。
その行動は、大阪に帰ったあとの私の行動にもヒントを与えてくれる。
政府は、世論が盛り上がることを一番恐れている。
今こそ、もう一歩進んで世論を喚起することが大切なんだと思う。
そのためには、私自身、この2ヶ月間をきちんと整理し、
その過程で、沖縄の歴史や経済について学ばなければならないと思う。

向こうが次の行動を考えあぐねているなら、
その間にこちらはもっともっと知恵を出して、行動を起こしていきたい。

7月11日(日)そのA

アキちゃん日誌
7月8日(木)ビラまきをした

7日(水)と8日(木)は、座り込みの後にビラ配りをした。
7日は、嘉陽と安部で、8日は汀間の各部落で行った。
ビラまきの先輩方からは、色んな反応があるぞ〜と聞いていたので、
内心ちょっとドキドキしていたが、
どの部落でも、すごく暖かく受け取っていただいてほっとした。
“ご苦労さま”“頑張ってくださいね”という言葉をたくさん聞いた。
その言葉を聞いてほっとする反面、
なぜヤマトンチュである自分が、この土地で基地反対を呼びかけているのか、
というモヤモヤした気持ちや矛盾を感じずにはいられなかった。
この気持ちは、かんきちくんと一緒に那覇の県庁前で行動しているときも感じている。
この気持ちをどうしていくのか。
行動しながらも、ずっと悩み続けなければならない問題だと思う。

でも、名護の各部落で、
“辺野古の基地反対のビラです。座り込み80日目になりました”
という言葉を通して、人伝いに基地反対のビラが行き渡っていくことは
とてもインパクトのあることだと思うし、意味のあることだと思う。
みんなで基地反対の意識を呼び起こしたい。


最近、それぞれの土地で、頑張っている友達が、
私の日記を見たと言ってすごくうれしい言葉を寄せてくれる。
ありがとう。
奴らとは本当にいろいろあった。
一緒にいたあの日々は、けっこう一生懸命で大変だった。
でもどっか冷めていた気もするけど・・・
でも深く信じていることもあった。
それが、こっちに来て確信にかわったものもある。
でも、わからないことが多い。
一生懸命話すから一緒に考えてほしい。
よろしく頼む。
晋くん日誌
7月9日(金)
・防衛施設局は来ませんでした。

選挙選も終盤になり、労働組合の人達も座り込みの参加が多くなってきているようです。
お昼の団結弁当はおにぎりとゆし豆腐。豆腐はすぐ近くから配達してもらっているため、出来立てでとってもおいしいです。

この間に東京の宝島という雑誌に座り込みの誹謗中傷をする文章が載ったと聞きました。
見てみたら、「座り込みに参加している"プロ市民"に日当が2万円」だとか「市議会議員の宮城康博氏がセクトの支援を受けて中心で動いている」だとか書いてあるので、笑い出してしまいました。
おいおい、日当が2万円で毎日50人以上座り込み、80日間もやり続けたらどうなるのかな。だいたい「プロ市民」ってなんだろう、名護市民、沖縄の人達はいつからそんな言われようなんだ。それぞれが生活のリスクをおいながら基地建設だけは止めなければと座り込みに来ている人達ばかりなのに・・・ため息を通り越して唖然としています。
皆様も笑い流してくださいませ。

たくさんの人達に支えられて駆け抜けてきた80日間を心から感謝しています。
一日でも早くこの状況が終わることを願っています。
これだけわけのわからない誹謗中傷が出てきたということはそれだけこの辺野古の思いが広がりを見せ、基地建設をしたい側の人間たちが焦りを見せているということです。
私達は絶対に負けない。希望は見えています。

7月10日(土)
・防衛施設局は来ませんでした。

今日は午前中から午後にかけて満月まつり実行委員会の主催で「オニヒトデの退治行動」が行われました。
ダイバー15名ほどが潜り3時間ほどで、合計で53匹もとってきました。題して「辺野古にはオニヒトデも基地もいらぬ!!」でした。

私とともちゃんは事務所でダイバーの皆さんと座り込みの参加者のお弁当作り。弁当は一食200円です。決してただ、とか支給されたものではありません。
ゴーヤーチャンプルーにしょうゆ卵、紅芋を蒸かしたもの、らっきょの漬物ととっても豊か。野菜は全て無農薬栽培で新鮮そのもの。手入れするのはけっこう大変ですが、とにかくおいしい!!
ともちゃんに教わったのですが、しょうゆ卵の他にも紅茶卵というのもあるらしい。
名前の通り一回茹でた卵を紅茶でもう一度茹でるのですが、しょうゆ卵と違うのは茹でた卵を殻を剥かずに"ひび"を入れて紅茶で茹でる。すると、紅茶色の模様がついた「紅茶卵」が出来るそうです。とーーっても勉強になります。

テレビを見ているととにかく「曽我ひとみさんと家族が再会」という報道ばかりです。家族が再開することが純粋に行われていれば喜ばしいことです。しかし、この政府は在日朝鮮の人々のことはまったくもって無視し、戦争責任を認めていない上に選挙にこの「再会」を利用する。
私達は安易に"拉致被害者"という言葉を受け入れるのではなく、歴史において何が行われ、在日の人達の苦しみをに受止め、それに対する戦争責任としての意識が必要です。今では、拉致被害者に対して「配慮」しなければ物を言ってはいけないような風潮さえあります。それはとても危険なことです。

全ては在日として生きている人達の歴史に対する私達の責任の問題に立ち返らなければならないと思います。
イラクで拘束された人達には「税金泥棒」だと何百万もの大金を払わせ、拉致被害者は手厚くもてなしている。この差別はなんなのか考えなくてはなりません。
ですから、とっても腹が立ちます。この報道を利用して、辺野古のことは隠し通そうとする。

2004年2月27日、大大的に"オウム"の報道がされた時には立川自衛隊基地の監視テント村の人達が不当に逮捕されています。その後、76日間でしたか、拘束されていました。
ですから、"拉致問題"やオウムの報道など、大大的な報道がされる時に辺野古の情報をいち早くキャッチできるようにしていて下さい。その時にこそ彼らは辺野古に襲い掛かっているかもしれません。

7月11日(日)

ジュゴンの家日誌
←今日は参院選の投票日。
投票に行ったら、
さんごちゃん達に会いました。
帰ってきてからお店に遊びに来た2人。
お絵かきをしたり、漫画を読んだりしていました。

7月9日(金)

新基地建設阻止・座り込み82日目
朝。テント設営のあと、外に出てみると
・・・
ジュゴン・バルーンが昇っていました!!
「7月11日 投票に行こう」と書かれて
います。

高ーーいなーー!!            
写真撮影用にバルーンを少し降ろしてくれる琢磨さん。参院選投票日は11日。みなさん投票に行きましょうね!! 今日が誕生日の宮城さん。おめでとうございます!! 日に焼けていい色になっているMちゃん
ジュゴンの家日誌
辺野古への行き方をメールでやりとりしていた、鳥取の“くにちゃん”さん。
今日、辺野古に行く前に「ジュゴンの家」に来てくれた。
友達のSさんから預かった、ジュゴンの絵が描かれた絵はがきを寄付してくれました。ありがとう、くにちゃん、Sさん!!CDも買っていってくれました!
昨日の夕食。
アキちゃんが“納豆チャーハン”に挑戦!!
晋くん日誌
7月7日(水)
・防衛施設局が午後3時40分に来ました。

今日、雨の日は来なかった防衛施設局が午後3時40分に来ました。人数は8名、運転手2名。車3台。
こちらは金城祐治さん、具志堅徹さんが対応。
本当に事務的に和泉課長がいつも言うことを繰り返すだけでした。「基地建設を進めます」こちらの代表者は「今は選挙選の途中ですよ。止めて帰ってくださいな。」と優しく具志堅さんが語りかけていました。

午後4時頃引き上げていきました。いつもながら彼らが来た後のこの嫌なもやもやはなんなのだろう、やはり消耗しているのでしょう。

今日のお昼ご飯はハルさんと一緒にカレー作り。ハルさんは野菜を炒めずにいきなり沸騰した水が入った鍋にぶち込みます。若者向きではなく、お年寄り向きということでしょうか。
野菜がとてもやわらかくなりました。
最後にガラムマサラ等で味を整える、ただのカレーではなくなる。ちょっと本格的です。プチインドカレーです。
大好評でした。

今日は久しぶりに名護市街地に帰郷。帰り際にビラの配布をしました。
嘉陽集落でビラを配布していると、とっっっても反応がよろしいです。
一軒、一軒、軒先にいるおばぁに
「辺野古から来ました。基地建設反対のビラです。
今日で座り込み開始から80日間が立っているんです。おばぁ、おじぃと一緒に座っています。
この80日間止められたんです、基地建設は絶対に止められます。来られるときがあったら辺野古に座ってくださいねぇー。」と話しかけます。

笑顔が帰ってくる、拍手が帰ってくる、握手が帰ってくる、ぐちが帰ってくる、檄を飛ばされる。10件の内の9件は快く受け取ってくれました。

あるおばぁは「これはなんね」と聞いてきました。「基地建設の・・・」といいかけて「あーーボーリング調査反対かーーー!!」とそのおばぁ、一瞬怒ってるのかなと思うぐらい大きな声です。その後、黙って私の手を強く握り、うなずきました。顔は厳しい中に微笑みを見せていました。人の誇り高い笑顔とはこういうことを言うのだろうか。
その後、少しそのおばぁとゆんたくをしました。
「そぉかぁ、辺野古は大変になっとーん。わったーもどぅしぐぁを連れて座り込まないといけないがね・・・。戦争でたくさん亡くした。そのどぅしぐぁたぁがわったーを生かしている。気持ちは辺野古にある!!忘れないで欲しい。・・・」
おばぁ決して忘れはしない、その思い、その叫び、基地建設はさせない。

その後も言いきれないたくさんの出会いがありました。人との出会いはいつも強さをくれます。
生きるために闘う。海も山も川も生命もこの国のものなんかじゃぁない!!ここに取り戻す、侵略で奪われた生命を文化を歴史を。これからの歴史を作るのは私達だ!!

7月8日(木)
・防衛施設局は来ませんでした。

今日から選挙はいわゆる「3日間戦争」です。基地建設に反対する議員がたくさん当選して欲しいです。
座り込みは今日で81日目。本当に長期な闘いになっています。「3ケタになるのかねぇ、」と心配しているところです。
今日は11時に本部豊原から「P3C自衛隊基反対」をしているおじぃ、おばぁが来ました。
「P3C自衛隊基地」は以前計画はそのままの状態です。ですから本部のおじぃ、おばぁはいまだに闘争小屋を閉めずに15年以上に渡る闘いを継続しています。そして止め続けています。
つい、1ヶ月ほどまえにこの本部のおじぃ達に質問したことがあります。「いつ気をつけたらよろしいのでしょうか。」と。
「うーーん、やつらぁは休みの日も来るしなぁ。昼も夜もよ。」と答えてくださりました。「毎日、毎時間ですね!」と言う
と、「そうよ!闘いとはそういうものよ!!」と言われた。んーー休む時はないんだなぁ。厳しさは元気に変えてがんばろぉ!

今日はお昼に人が多く、弁当は40では足りませんでした。80日目のお祝いでソーキ骨を炊いたのですがとにかく人が多いため弁当1つにつき、ソーキ骨ひとつしかなく、ちょっと弁当箱がすいていました。
そこは、炊事場のおばちゃんの知恵。ソーキ骨を炊いた汁でポークを茹でて付け加えます。そうするとなんだか彩りもよくなっていました。
皆、満足してくれたかな。炊事場は火の車です。大変だけどとっても勉強になります。

7月8日(木)

座り込み81日目
←名護市議を続けるヨシタミさん。
「当選したら市民の小間使いになります!!」と公約し、その約束の通りずっと働き続けている。

→「二見以北十区の会」
渡具知さん。
昨日、おとといと、東海岸一帯に、ボーリング調査中止を求める要請行動の呼びかけのビラをまいた。
立ち止まって、話を聞いてくれた人もいたそう。
←携帯の使い方をアキちゃんに教わる大西さん

→6日の夕食。
アキちゃんが、
宮城さんからもらったゴーヤで
ゴーヤチャンプルーを作りました。
なかなかおいしかったです!!

7月7日(水)

アキちゃん日誌
7月5日(月) 次のステップへ

今日は7月5日。辺野古に来て52日が過ぎた。
辺野古で過ごす日も残り少なくなってきた。

11日の選挙が終わって、1週間したら大阪に帰ろうと思う。
あと残された期間で、私は何ができるのか。
いつも考えているけど、何もできないまま毎日が過ぎる。
本当に無力だ。

でも、毎日毎日みなさんと関係ができていくことがただただうれしい。
こんなわがままで、自分の責任を果たそうとしてこなかった私を
この闘いの場にいさせてくれるみなさんの寛容さと心の深さには
本当に感謝の気持ちしかない。
私が今できることといえば、日々しっかりと辺野古の問題と向き合い、
微力ながら私が担わせてもらっている役割を絶やさないように
引き継ぐことだと思う。

これからも、みなさんから聞かせていただく大切な思いや言葉を
心に刻み付け、自分の次のステップにつなげたいと思う。
7月6日(火) ハワイからの沖縄

今日も雨で施設局は来ませんでした。

今日は、ハワイの大学院に通っている山城リンダさんから
院での研究内容や、ハワイの中のウチナンチュコミュニティについて
お話を聞かせていただいた。
リンダさんは、それまでの様々な研究を通して、
沖縄の「女性」や「基地問題」に焦点をあて、
座り込みに参加しながらさらなる研究を進めている方だ。
沖縄から外へ出て、そこから研究を進めているリンダさんの視点は、
とても意義深く、おもしろくて、勉強になった。

リンダさんは、アメリカ人として戦争に協力せざるを得なかったハワイ在住の
ウチナンチュの方々の戦争体験や、ハワイに渡った人々が受けてきた差別、
現在のウチナンチュ4世、5世の方々の様子など、
また違った沖縄を私に見せてくれた。
沖縄を取り巻く歴史は、本当に複雑で、
幾重にもわたって差別が繰り返されてきたのだということを改めて強く感じた。

お話の中で、印象に残っているのは、
やはりリンダさんも現在の沖縄ブームに問題を感じているということだ。
そこには、様々な沖縄文化の大和への輸出を通して、
一過性の流行として沖縄が捉えられ、ステレオタイプ化され、
何の問題意識もなく、沖縄の伝統や文化が踏みにじられていくという
現状(大和問題)がある。

その中で、私は、やはり一人ひとりの話を大切に聞き、
沖縄を見つめていく姿勢を大切にしたい。

機会があったら、またぜひリンダさんのお話を聞かせていただきたい。

7月6日(火)

座り込み79日目
沖縄に住みたい!!と、ずっと家を探していた阿部さん。
やっとお家が見つかりました!!

おめでとうーー!!
良かったね!!
晋くん日誌
7月4日(日)
・防衛施設局は来ませんでした。

今日は本当に何事もなく無事に一日を終えました。台風7号の余波が残っていてかなり風当たりが強く感じました。
そういう中でテントを立てるのは大変です。朝、辺野古へ来られる方は来てください。大変だと思いますが、よろしくお願いします。
静かだったおかげで私は一日事務仕事をはりきることが出来ました。

この頃、炊事場も大変なので手伝うことにしています。カレーを作ってこの間出しましたが、「からい」とのこと。
自分のいつも食べるカレーのからさの半分くらいのからさでしたが、人に合わせる大事さを感じました。
事務所には雨の中、東京の太田武二さん(一言メッセージを書いてくださった方です。)もいらしてくれていました。
「毎日、防衛施設局に訴えに行っているよ!!今日は沖縄でいけないけれど。」と言ってくれました。
本当に心強く感じます。根元を潰さないと何も変わらない。私達の行動が多くの人達に繋がっていくことを感じます。

伊江島土地闘争、本部P3C自衛隊基地反対、嘉手納爆音訴訟、普天間爆音訴訟、泡瀬干潟埋め立て反対・・・・・・恩納村都市型訓練施設反対そして金武町都市型訓練施設阻止行動、沖縄のありとあらゆる差別と闘ってきた人達が辺野古に集まり、座り込みを一緒に行い、基地建設を止めています。
今も闘い続けなければならない多くの人達への差別を感じます。しかし、同時にそこから歴史を動かしてきた人達のすばらしさも感じます。

東京でも基地建設を止めるために意識ある人達の団体、21団体が集まり、「辺野古への海上基地建設・ボーリング調査を許さない実行委員会」が発足しています。
毎週月曜日午後6時30分から防衛施設局の前で訴えを行ってくれているとのこと。
本当に心強く感じています。
その他にも4月19日以降にすぐに駆けつけ一緒に座り、生きることを、闘うことを、本当の痛みを喜びを共有してくれた皆様に心から感謝しています。
しかし、闘いはこれからです。今は人をつなげ、行動を共にする人を増やす時期であり、そのチャンスでもあります。
そしてこれからは実際の闘いを一緒にしていく人達がいなければなりません。
今の私は4月19日の緊張に、原点に戻っています。この3ヶ月間の成長を、自分の全てをぶつけてでも基地建設を止めるためにここに座っています。
沖縄で行動すること、大和で行動することその両面がとても問われています。

一人一人のその力でこの世界のあり方を変えるために行動しましょう。希望を、炎を絶やさずに。自分たちの未来のために、辺野古のおばぁやおじぃのために。

7月5日(月)
・防衛施設局は来ませんでした。

今日の沖縄、北部は変な天気。午後からはどしゃぶりでした。雨のおかげで防衛施設局は来ませんでした。ありがとう!御天とさん。
しかしー、梅雨も明けたというのになんでこんな天気なのか不思議です。
座り込みでは「座り込み感想ノート」を置いて来て下さった方に感想を書いてもらっています。幾つか紹介します。

未土さんより。
「このノート一番目、、けっこう緊張です。"さぁ書いて"と夏芽さんにオドサレテ(?)書いています。
今日は風が良いですね。いつも座り込みは一緒に座っている人達の話を聞いたり、一緒に話したりしながら楽しくやってます。この楽しい空間はきっと"絶対基地は造らせない"っていうみんなの個性や力強さが引き出してるのかな。
仕事で来られない時も多いけど、週一回は必ず来たいです。」

栄さんより。
「疲れがたまると口も重くなる。海上基地建設阻止行動に集中して・継続することが勝利に繋がるが、まだまだ大労の人達が集中していない。
辺野古。命を守る会事務所裏で赤ショウビン(沖縄の鳥)の鳴き声を聞いた。
砂浜にうちよせる波の音も心地よい。
集中し・継続し・決着をつけよう。」

うららちゃんより。
「今日は台風の影響か、空が曇っています。気温的には暑くなくて、ちょうどいいです。すごしやすい日です。
座っていると辺野古のきれいな海が見れないので施設局(政府)が早く基地建設をあきらめてくれると良いな。
早く皆が心配しないでぐっすり眠れる日が来ますように。
自分に出来ることをがんばろう。」

皆の思いがつまっています。色々な人生があり、色々な生活のことを抱えながらされどここに来る人達の強い思いは心を揺り動かすものがあります。

7月5日(月)

座り込み78日目
差し入れの、手作りのマドレーヌ 植物博士の宮城さんが育てた(?)ゴーヤーを持って、嘉陽のおじいが登場。立派なゴーヤーだなぁ・・・!!
ジュゴンの家日誌
←きのうの夕ご飯。

晋君たちが土曜日に作ったカレーの残りと、アボガドのサラダ
晋くん日誌
すみません、なぜだかインターネット接続が困難になっていました。阻止行動75日〜77日までをまとめて送ります。

7月1日(木)
・防衛施設局は来ませんでした。

今日までサンゴ礁学会シンポジウムが行われていました。警戒したのか防衛施設局は来ませんでした。
そのシンポジウムで沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団はパネルをたくさん広げ、ボーリング調査を中止させるための署名を集めていました。最終報告では「81カ国からのシンポジウム参加者1400名の内、60カ国以上の参加者879筆の署名が集まった」とのことでした。
短時間でこれだけの署名が集まるのはすごいことです。
世界中が辺野古に注目しています。

沖縄のサンゴ礁は今、大変なことになっています。
サンゴの天敵の「オニヒトデ」や自然破壊に伴うサンゴの白化現象、赤土汚染、そして原因不明のサンゴの腫瘍。
石垣島の青サンゴも白化現象が進み、多大な被害が出ています。
「オニヒトデ」はサンゴを食べて生息しているため、大量発生してしまうとサンゴを食い荒らしてしまいます。
赤土の場合は、サンゴは赤土をかぶると呼吸が出来なくなり死んでしまうのです。
白化は珊瑚の石化を意味していて、その部分からどんどん死んでいきます。腫瘍も同じです。
サンゴがいなくなると海の酸素の供給が出来なくなり、魚もジュゴンもその生態系を破壊されてしまいます。
それにつながる私達、人も生きていけなくなります。
海を埋め立てて人殺しの基地を作るなんてやっぱり言語道断だと思います。

7月2日(金)
・防衛施設局が午前11時10分に来ました。

これまで前に出て話をしている防衛施設局の現場責任者、和泉課長は私達の代表者を論破できずにいたため、今日はまるで国の代弁をするかのような稲嶺施設局員が前に出てきました。
「基地は国民の防衛のために必要だ。」と稲嶺施設局員が発言したため、対応した平良夏芽さん、金城祐治さんは激怒しました。

「じゃぁ、東京に持っていけ!!なぜここに住む人々が犠牲にならなければならない!
日米安保でどれだけの人達が殺されてきたのか。」と夏芽さん。

「日米安保は戦後の日本の繁栄を支えてきたのだと思っています。それを維持するためには基地建設も必要なのだと認識しています。」稲嶺施設局員。

「そんな繁栄なんていらない。他の人々を殺して得た繁栄なんて必要じゃない。
イラクで死んだ人達に、その家族に稲嶺さんは今の言葉が言えますか??
"私達の繁栄を守るために我慢してくれ"と目の前で家族が肉の塊になったのを見た人達にいえるのですか、そんなことを!!」夏芽さん。

「・・・それは、意見の相違ですよ。私は私達の立場を言っただけで。」稲嶺施設局職員。
「意見の相違ならいいという問題ではない!!」祐治さん。

稲嶺施設局員は「繁栄」だの「国益」だのそのために守る「安保」だのを何度も繰り返し言ってきていた。こちらは極めて人間的に対応していました。「イラクの人達を殺していいのか。」「国益と言って幾人の人々が殺されてきたのだろうか。」
「私達は辺野古に基地は造らせない。」と話す。「仕事」だと割り切ってよく自分の血みどろの手が見えないものだ。
その手で幾人の人達を殺してきただろうか。絶対に許せない。

この国はいつからこんなに人の尊厳を認めない国なのでしょうか。生命の重みさえ知らないような人達がこの国を預かっている。
「イラクへの攻撃は国益、繁栄のため。」この国の本心を防衛施設局員が語っていました。決して「解放」などと言うものではなく、自分たちの利益を追求するための(石油を欲しいがための)戦争だと。

防衛施設局が引き上げた後に金城祐治さんはその怒りを言葉にしました。
「21世紀に生きる人達に私達は伝えなければならない。基地のない、戦争のない沖縄を。人を殺しての繁栄など絶対にあってはならない!!」と。この言葉を重く受止めていく必要があると思います。

なぜここまで祐治さんだけが苦しまなくてはいけないのか、体も心も傷だらけになりながらこの8年間闘ってきた。
海に杭一本打たせちゃいない。その行動に私は答えて行きたい。ともに生きるために。

7月3日(土)
・防衛施設局は来ませんでした。

土日は週休二日制の防衛施設局、だからといって座り込みはもちろん続行しています。

7月3日で参議院選の投票日も8日後です。
防衛施設局並びに国はこの間に名護市市長に「基地建設は続行する」と言わせたり、中城湾を含めた作業場の場所を決定があったりと基地建設に向けた具体的な動きを見せています。
さらに、県が防衛施設局に「住民説明会の要求」をするなど、県も「基地建設に向けた」具体的な動きを見せています。形だけの「住民説明会」を開こうとしていることは目に見えていて、こんなもので一体なんになると怒りを感じます。

名護市民、座り込みをしている私達が「住民説明会」を求めるということと、県が「住民説明会」を開こうとするのでは違うのだという認識を持たなければなりません。
・名護市民が求めている「住民説明会」は今まで一度たりとも住民の生命にかかわる基地建設の説明会さえ開いてこなかった国の差別への抵抗です。
・県の求めている「住民説明会」は「基地建設への同意」のためのものです。
ですから県の求めている住民説明会には怒りを感じます。

今日は私は一日の休みをいただいたので、平良夏芽さんと久しぶりに海に出ました。
大潮の日でマナル岩近くのサンゴ礁の護岸はすっごくひいていて歩けるぐらい岩とサンゴがむきだしになっていました。
海にもぐると「いやぁなんて贅沢な休日なんだ」と思ってしまいます。
少しもぐるとそこにはウニやらカニやらうつぼやらナマコがわんさか。魚も色々な種類が一緒に泳いでいました。
ゆっくり見ようと私が岩に手をかけると、岩の穴がカニの住家だったらしく一生懸命私の手をおいだそうとしていました。カニは攻撃するということではなくて足で体当たりしてきていました。海の中はとても平和的だ。

一日もぐっていても決して飽きませんでした。たのしかったぁ。でも日焼けした、いたたたた・・・


7月4日(日)

座り込み77日目
←団結弁当→
「ジュゴンの家」金曜日の夕食
アキちゃんが、じゃがいものチーズグラタンを作りました。
スープはうらら担当。

グラタンは熱々でチーズがたっぷり!!
おいしかった!!


7月2日(金)そのA

アキちゃん日誌
6月30日(水)
30日には、鐘ヶ江先生に乗せていただいて、「第十回国際サンゴ礁シンポジウム」の公開シンポジウムに参加した。
第2部の途中から参加できたのだが、話の内容が少々専門的で、
あまりおもしろくなかったというのが正直な感想だ。
第3部のパネルディスカッションでは、私がこれまで興味を持ってきた
環境の保全=サンゴの保全と開発をどう両立させるかというような議論も聞かれた。
環境経済学からのアプローチで、市場に現れない価値を見出していくという視点はとても大事だと思うが、
今はもう環境の保全と開発をどう両立させるかという議論では、世界で起こっている戦争や殺戮、
環境破壊など危機的な状況を改善することはできないと思う。
それよりも経済成長至上主義からもっと違う常識や価値観を生み出していくことが必要なのだと思う。
それがとっても難しいのだが・・。
でも、辺野古の生活には、新しい価値観に繋がるヒントがいっぱいつまっていると思う。
自然と一体になった生活や、人間を見つめる視点、伝統を重んじること、
基地建設阻止を通して、大切なことをたくさん学ぶことができる。

シンポジウムでは、展示のフロアがあって、辺野古の現状を訴えるブースも設置されていた。
辺野古のブースには、入れ替わり立ち代り人々が訪れ、
辺野古の現状に驚き、ショックを受けた世界中の人々からたくさんの署名が集まっていた。
署名の数は、参加予定者の1400人の半数を優に超えたそうだ。
ほんとに素晴らしいことだ。
アメリカから来たケリーさんもスタッフとして、ロビー活動を行っていて、
主にアメリカの学者や専門家に辺野古の現状を訴えていた。
ケリーさんは、そこでの素晴らしい出会いや、
“署名だけではなく、私はアメリカに帰って何をすればいい?”
という関心の高さに、とても興奮している様子だった。
その出会いが、実を結んでくれたらいいなぁと心の底から思う。

今回のシンポジウムでは、ツアーで辺野古に訪れた人々を含め、
素晴らしい出会いがたくさんあったようだ。
この繋がりが国際的な世論の大きなうねりを作るきっかけになるように、
私にできることを探していきたい。

晋くんからの緊急メール
現場より。7月2日午前11時45分。
防衛施設局は11時25分に引き上げていきました。

これまで前に出て話をしている防衛施設局の現場責任者、和泉課長は私達の代表者を論破できずにいたため、今日はまるで国の代弁をするかのような稲嶺施設局員を前に出てきました。
「基地は国民の防衛のために必要だ。」なんていうことを稲嶺施設局員が発言したため、対応した平良夏芽さん、金城祐治さんは激怒しました。

「じゃぁ、東京に持っていけ!!なぜここに住む人々が犠牲にならなければならない!
日米安保でどれだけの人達が殺されてきたのか。」と夏芽さん。
「日米安保は戦後の日本の繁栄を支えてきたのだと思っています。それを維持するためには基地建設も必要なのだと認識しています。」稲嶺施設局員。
「そんな繁栄なんていらない。他の人々を殺して得た繁栄なんて必要じゃない。イラクで死んだ人達に、その家族に稲嶺さんは今の言葉が言えますか?"私達の繁栄を守るために我慢してくれ"と言えるのですかそんなことを!!」夏芽さん。
「・・・それは、意見の相違ですよ。私は私達の立場をいったたけで。」稲嶺施設局職員。
「意見の相違ならいいという問題はない!!」祐治さん。
稲嶺施設局員は「繁栄」だの「国益」だのそのために守る「安保」だのを何度も繰り返し言ってきていた。
こちらは極めて人間的に対応していました。「イラクの人達を殺していいのか。」「国益と言って幾人の人々が殺されてきたのだろうか。」「私達は辺野古に基地は造らせない。」と話す。
「仕事」だと割り切ってよく自分の血みどろの手が見えないものだ。その手で幾人の人達を殺してきただろうか。絶対に許せない。

人を殺しておいてそれを正当化をすることは出来ない。
私達は基地建設をさせないという思いをさらに強くしています。体感気温30度以上の中で30分以上も立ち続け訴え続けた平良夏芽さん、金城祐治さんに感謝したい。
現場より。7月2日午前11時10分。
防衛施設局が9名で来ています。なぜ午前中から来たのか、分かりません。

7月2日(金)

座り込み75日目
今日は、なんと!!金城祐治さんが、育てたマンゴーを座り込みの人たちに持ってきてくれました!! 「僕がむいてあげよう!」とイキイキとマンゴーの皮をむく鐘ヶ江さん うららちゃんも挑戦
アキちゃんもむいてみる。
「危なっかしいなァ」と鐘ヶ江さん
じゃじゃーーん!!むけましたーー!! マンゴーに誘われて人が集まる
←「おいし〜い!!」と夏芽さん


→議会に出かける名護市議・大城ヨシタミさん。
今日はヨシタミさんの一般質問。
アキちゃん日誌
6月29日(火)金城 馨さんの「人類館事件」の話を通して。

今日は、関西沖縄文庫の金城馨さんたちが来ておられて、
すごくいい話を聞かせていただいた。
金城さんのことは、これまで大阪で何度かお見受けしたことがあったが、
じっくり話を聞いたのは初めてで、改めて自分の想像力のなさと
ヤマトとしての責任について考えさせられた。
そして、大阪の大正という土地には、また違った沖縄があって、
複雑な眼差しや関係性が交ざりあっているということを知った。

人類館の話では、それを通して人類館の延長線上にある現在の沖縄ブーム、
現在の問題を描き出したかったのだということをおっしゃっていた。
今の沖縄ブームには、純粋な沖縄の文化や伝統への敬意や尊重ではなく、
人類館に通じる差別や、搾取さえも含まれているという厳しいご意見だと思う。
沖縄が好きだからといって簡単に訪れてしまうこと。
その前に立ち止まり、沖縄の歴史や文化に学び、沖縄と自分との関係や、
様々な問題を自分に問いかけなければならないと改めて感じた。
また、マイノリティになったことがないウチナンチュやウチナンチュ自身にも
問題を投げ掛けているとおっしゃっていたことも印象的だった。

また、金城さんは、沖縄の問題(ほんとはヤマトの問題だけど)や、
自分と違うこと、「わからない」に対して、「理解した」といってしまうことは、
とてもこわいことだということを強調しておられた。
“「理解した」というのは、自分の価値観にはめることで、
決して差別をなくすことには繋がらない。
わからないままだったら差別なんておこらないのだから。”
う〜ん、と唸らされる話だった。
それは人類館の話にも通じることで、人類館を通して、
沖縄のことを「知り」、「理解する」ことで、
それが非文明的だとか、劣っているものだという認識や差別を作り出した。
人類館の冒頭の「人類普遍の原理にもとづき、全ての人間は法のもとに平等であり、
差別は決して許されない」というある意味で立派な文言のもとで、
沖縄の人達はさらしものにされたのだ。
しかし、その状況が現在にも続いているということを、
私達はしっかりと見つめなければならないと思う。
そして、行動を起こさなければならない。

また、ヤマトとウチナーが連帯するには「共感、共苦」が大事だとおっしゃっていた。
それも「共苦」が大切だと。
「共苦」というのは、どういうことなのですか?と尋ねたら、
“反対にそれができてないってことは想像力の欠如だ”とおっしゃっていた。

金城さんの言葉を消化し、想像でき得ていない私がいる。
私には、まだまだ想像力や思いが欠如しているのだと思う。
でも、私にとっては本当に「わからない」ことだらけだけど、
「わからない」ことがダメなことではないのだと気づいた。
私達はすぐに「理解」したがったり、答えを求めたりしてしまうけれども・・。
むしろその「わからない」を追究していくことが大切なのだと思う。
悩んで、悩んで、悩み続けたい。


7月1日(木)

座り込み74日目
愛犬を連れてきた I さん。2匹は I さんが大好きらしい。 握手 7月に入りました。座り込みは74日目
風が強いので、風向きと反対の方を向いて新聞を読む篠原さん・アキちゃん 晋くん日誌を読みあげる晋くん。いつも事務所に詰めていて、こちらに来られないので、初めて座り込みに来ている人たちにあいさつ。
指笛に挑戦するが、なかなか難しいようです 那覇でカンキチさんからビラを受け取って辺野古に座り込みに来た人がいます!!確かな効果。すごいな!!


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